アメブロでは投稿していなかった記事で、最近思い出した記憶です。
小学生編の話に移る前に、小さい頃そういやこんな事・思い出もあったなぁ・・・とふりかえりながら書いてみました。
小学校に入学する前に、某〇〇ゼミというものに母が申し込みしていたので、毎月学習テキスト等が自宅に届くようになりました。
家庭内学習を、幼稚園生ぐらいの頃から、私と弟2人で取り組んでいました。
あの頃の母は、今で言う教育ママって感じでした。
スパルタとか、めちゃくちゃ厳しいってわけではなかったのですが、小学生になってから自分達が困らないように…勉強についていけるようにと、母が考えてのことだったと思います。
年長さんの頃は、私は幼稚園や自宅でも、よく「あいうえお」を書いたり、文字を覚えたりするのが好きだったみたいです。
おべんきょうも特に嫌いではなく、集中して取り組んでいたような気がします。
某ゼミをやるかやらないかは、母から私たちきょうだいに相談はあったかもしれないけど、半ば強制的で私たちに選択権はなかったような気がします。
弟と2人・・・ 同じ机に座って勉強するのだけど、
まだ遊びたい盛りの私たちは、一時的に集中はしても、おしゃべりしたり、ちょっかい出したりやり返されてはケンカになったりして、、勉強そっちのけになる事が何度かありました。
それを母に注意されて、また勉強に取り組むのですが、また気が散って、2人で遊んでしまったりと・・・・、その繰り返しだったと思います(;・∀・)
母、ついにキレる
ある日、いつもみたくそんな感じで弟とふざけていたら、
母が突然ブチ切れてしまい、私の勉強机に置いてある本や道具などを乱暴に床に振り落としました。
後にも先にも、このようにご乱心になっている母を見たのは、これが初めてかも。
「もうあんたたちは勉強なんかしないでいい!」
そんなことを叫びながら、猛烈に怒り狂っていました。
何故母がブチ切れたのか?その前後の記憶が、今になってはよく覚えていません。
おそらく、私ら2人があまりにも勉強に集中しないから、腹が立ったんだろうが・・・
何もあそこまでキレる必要があったのだろうか?すごく疑問に思うのです。
私と弟は、ブチ切れた母のあまりの怖さに、硬直しドン引きしていました。
私、ちょっと泣いていたかもしれない・・・
今思えば、母親としてのプレッシャーから、あの怒りは生まれたのではないかと考えました。
子どもが勉強に追いついていけるようになってほしい。
子どもたちが将来立派な人間になってほしい。
子どもがちゃんとしてる事で、母親として安心したい。
夫や周りからよく見られたい。認められたい・・・・
これらは私の憶測であって、母が当時どのような心境だったか?定かではありませんが、様々な重圧や世間の目に苦しんでいたのかもしれないって思うのです。
しっかり勉強しないと、母が怒ったり悲しむ・・・。
怒っている人が今でも苦手なのは、この体験がネックになっていそうです。みんな母のせいにしてるみたいな言い方になってアレですが、当時のショックは相当のものだったと感じてます。
また、学習することに対して否定的に捉えたり、勉強は苦しくてしんどいものだと歪んで捉えたりしました。
あの頃、勉強の素晴らしさや楽しさをよく理解することは出来ませんでした。
今は、興味のあることやわからないことを知ろうとしたり、理解出来るようになることが楽しいです。
大人になってからでも、勉強を始めても遅くはないんだと実感しています。