自分の育て直し始めました☆

アダルトチルドレン(AC)やHSP(Highly Sensitive Person)・トラウマ・共依存・森田療法などに興味あり。読書や絵、アニメ、動物が好き。このブログでは私のこれまでを綴ったり、日々のこと、頭の中を整理するためにアウトプットしたり、学んだことをシェアする場所にしたい。

『きょうだいコンプレックス』読了

だいぶ前に読んだ本の紹介をしていきます。

最近『きょうだいコンプレックス』という本の紹介をしてみようと、音声配信アプリでライブを始めてみました。読書メモもあるから話せそう…そんな思いつきで始めましたが、話をふくらませることが出来なかったため、別の話題に変えました。

話そうと思っていたテーマで話し始めても、1つの話題で終わるか、終始全く違う話をしていることが多々あります。それはそれで生配信の醍醐味であるし、楽しくもあるし、出来なかった話は後日収録として投稿しようと考えてました。

はじめに

きょうだいは、同じ境遇をわかちあったかけがえのない同胞のはずだ。しかし、一方では永遠のライバルでもあり、1つ間違うと愛情や財産の分配をめぐって骨肉の争いが起こることもある。実際、きょうだい間の葛藤や呪縛により、きょうだいの仲が悪くなるだけでなく、その人の人生に暗い影を落としてしまうケースも少なくない。

ここ数日、ショッキングな事件が度々起こるなか、子どもが犠牲になるニュースを目にすることがありました。事件が発生する裏側では、家族間のトラブルやきょうだい同士のいざこざがあったなど、新たな情報が更新されていっています。きょうだい間の争いと聞いて、私は以前この本を読んだことを思い出しました。


私事で恐縮ですが、普段きょうだいとは何気ない会話を時々します。
主に聴いてることが多めですが、昔話や近況についてなどを話したり、互いに笑ったりすることもあります。

ですが、昔も今もずっと良好な関係を維持できていたかと問われたら、あまり自信が持てません。
歳が近いこともあって、子どもの頃はよくケンカしてきました。


大人になって社会人になってからは、こちらが何かと行き詰まることが増え、順風満帆にいっているように(私には)見えるきょうだいに対して嫉妬をくすぶらせていました。

直接本人に攻撃的な言葉をぶつけるまではしなかったけど、表情や態度、仕草にも表れていたと思えます。「私ばっかり嫌な目に合ってる!」「自分は恵まれていない」「アイツだけとんとん拍子に進んで何の苦労もしてない」とか、そんな思考ばかり頭に浮かぶ自分が一番嫌いで仕方なかったです。


一時期、きょうだい含め両親との関係性もギクシャクしだして、自分の殻に引きこもるような状態になってました。自分から積極的に会話をせず、とにかく距離を置いてました。一緒に暮らしていても、自分だけ壁の中にいるような感じでした。

家族と一緒にいても、ひとりだけ疎外感を感じている… 「私がいなくてもみんな楽しそうに会話して笑っている」「私はこんなにしんどいのに誰もわかってくれない」
当時はお酒に依存しまくっていたせいもあり、すぐ悲観的になっていました。感情のコントロールがうまくいかず、思考も全く正常ではなかったと思います。



ちょうどそんな時期に、この本のタイトルが目に止まって思わず読みたくなりました。

読んでいくうちに、私は自分のことばかりで何も見えていないことに猛省させられました。私も私なりに大変だけど、きょうだいはただ何も言わないだけで、人知れず苦労して大変な思いをたくさんしてきているだろう…

きょうだいと比べられて植え付けられた劣等感が私にあるように、きょうだいにも私と比較されて背負わされた劣等感がどこかで感じているのかもしれない。想像すれば気づけそうなはずなのに、そんな当たり前のことをわかっていなかった自分が恥ずかしくなります。


時代や生まれ育った環境が違えば、一番先に生まれた者(長男を嫡男として特別視するなど)が優遇される面もあれば、長子としての宿命やしんどさがあります。また、その反対に、中間子や末っ子で生まれた場合でも、それぞれの立場ならではの生きづらさや大変さもあって当然です。

第四章 生まれ順の心理学 ~生まれ順と性格の関係とは~

きょうだい間に差異や確執を生む要因として、生まれ順や(きょうだいとの)年齢差にも増して重要な要因は、母親がその子の世話にどれほど没頭したかということである。※1

※1 愛着に関係する部分のメモ書き ↓ ↓ ↓
子どもの世話にあまり関われなかったり、子どもに関心がもてなかったりした場合、熱心に関わった子に対する態度が違うとか、
夫婦仲良かった頃に生まれた上の子と、夫婦仲が冷めかけた頃に生まれた下の子では、愛情の温度差がある、
祖父母が主に世話した子と、母親が家にいて世話した子の差など・・・。

※弟・妹は、いつも上のきょうだいの後塵をする宿命をもつ。その意味で、下のきょうだいは生まれつき劣等感を背負いやすい。


本書で紹介されているさまざまなケースを読み進めていくと、どっちが楽でどっちが大変かとは安易に言えなくなります。
そういう議論をしたいのではなく、どちらが良い悪いという話ではなく、まとめが雑ですが、みんな色々で大変だよねって感じです。

自己愛拗らせすぎてるなあって気づかされる。

ひっそりと吐き出す

疲れました。色んなことに疲れてしまったので細分化していきたい。

 

まず、自分の好きな人や仲の良い人がどんどん交友関係を広めていっているのを眺めるだけでしんどい。素直に喜んだり「良かったね」って思えないことが増えてきた。嫉妬や寂しさが邪魔をしている。口にしないだけで、内心ずっとステルス嫉妬状態でいることが増えてきた。

 

誰でもそうだ。みんな誰かの友達のなかの1人だ。私もそう。

私は好きな人の友達のなかの1人だと嫌でも再認識させられる場面に遭遇すると、何とも言い難い虚しさのようなものを感じる。調子の波が激しい時ほど拗らせる。

 

じゃあ友達たくさん作ればいいじゃんと自問自答するけど、人の好き嫌いが激しいから厄介だ。ていうか、狭くて深い交流がいいとか言いながら、友達多い人を見ると無性にうらやましくて腹立たしさを感じる。矛盾しているけど、この矛盾が自分を表している。

 

それでも自分なりになんとか立ち振る舞ってみる。あいさつ交わしたり、一時的なやりとりはするけど、後になってから思ってもいないことや社交辞令を言ってしまったと自己嫌悪に陥る。社交辞令あんまり好きじゃないくせに、自分もよくやってしまってるとわかるとほんとに嫌だ。

 

それから、日程調整で会話がかみ合わない人にイライラして疲れた。

 

「都合のいい日時を教えてください」「あなたに合わせます」って連絡を入れたのに、何時から何時までとか大体の目安を指定してこないし、問いかけたことへの答えが全然返ってこない。

あなたは予定を合わせる気があるのですか?と疑問符しか頭に浮かばなかったし、かなりイライラした。やりましょう♪とか調子のいいことを言いながら、結局やらない方向でいいんですねって。そうメッセージ送るのもだるくなって、スタンプだけ送った。

 

もうこの方と絡むのは今後控えようと心に決めた。てか、もう既にだるすぎる。

なんとか予定をクリアしたら、その後は適当に忙しいとか体調悪いとか誤魔化して、個人的にやりとりするのも避けようと決めた。あなたと私は似てると仰っていたけど、私はあなたと全く似てないと思うし、波長が合わないって何度か思ってる。

 

そんでもって、私とやりとりしていて心を許してくださっているのか、慣れてきたからなのか、なんとなく接し方が変わってきた。親密になるとそうなるのか知らんけど、こちらを小馬鹿にしてるような発言をするから、内心「は?」と思っている。

あちらはそんなつもり全くないんだろうが、どうしても馬鹿にされたような気がしてならない。言葉のチョイスで私がいちいち腹を立てていることに相手は全く気付いていないだろう。

とりあえずもう無理って感じになってきてる。約束を控えているけど、もうドタキャンしてしまおうか…そんな寸前まできている。当日どうなることやら。めんどくさい。

 

私は、表と裏がある人間だ。どんどん言いたいことを言えばスッキリするだろうけど、言うことでどんな変化が生まれるのかそれが怖い。裏を出さないようにしていると、自分の中で燻らせて発散が上手くいかない。

 

心を許せる話し相手を見つけたけど、私以外の交友関係で楽しそうにしているのを見ると、話を打ち明ける気持ちすら失せてしまう。そんでもって、1人で勝手に幻滅する。やっぱりあなたも私のことなんかどうでもよくて、他の人達と楽しくしてる方がいいんですね。これまで出会ってきた人もそうでした。結局あなたもその人達と一緒ですねって誤った自己解決みたいな思考に行きつく。

いい大人が拗ねてます。

人を嫌いにならないために

最近、ネットで知り合った友達とやりとりするようになりました。


ほとんどが既婚者でパートナーがいたり、子どもがいる人もいます。そして、私以上にさまざまな経験を重ねてこられた方々ばかりです。


海外旅行の時の写真や有名人と出会った話、家族のエピソードなどなど…。

初めは興味深く聞かせてもらっていたけど、話がどんどん進むうちに、自分に足りないものを見せつけられたような気がしました。

 

私は独身でパートナーもいないし、子どももいません。だから余計にみじめで卑屈になってしまう自分や、嫉妬で狂ってしまうのを内心感じていました。

 

みんなとは住む世界が違うし、毎日の忙しさや抱えている大変さは、当たり前だけど私とは全く異なるということを改めて思い知らされ、ものすごく苦しくなっていきました。

油断すると、既婚者と独身者とラベリングしたり、分断するような思考回路に陥りそうになります。

 

よくよく考えれば、人の幸せの形を目の当たりにしても、自分の今ある幸せや自分の価値が下がることは決してないのです。そんな一文を以前何かで読んだことを思い出しました。


あと、その人と自分を比較しても、ただ自分がしんどくなるだけだから、なるべく誰かと比べることはやめて、目の前のことや好きなことを見つけて、少しずつシフトチェンジしたいと考え始めました。

 

せっかく知り合えて仲良くなれたのに、私の負の感情で関係を破綻させることはどうしても避けたいと考えています。

 

嫉妬で心がすさんでいる時や、人のやることなすことに頭が文句で埋め尽くされる時は、自らネット上で人と絡みに行くのはやめようと思いました。
一時の感情で行動してトラブルを自ら起こしたくないので、相手とのちょうどいい距離感を模索していきます。

 

昔よく女友達と連絡を取り合っていた時に、何度も似たような心境になることが多くありました。結婚や出産、育児、新たなライフステージに進んで充実している友人を見ていて、何とも言えない寂しさを味わいました。

 

最近でも人とやりとりする際、すごく実感させられます。話題を共有できない寂しさ、むなしさがあります。未経験でわからないことだらけだから、話を聞けて知ることができるのに、メンタルが不安定だと聞く耳を持てなくなります。

 

ビビりながらも誰かとつながりを持てたし、少しずつ仲良くなれても、自分はみんなと違うことを実感して、ひとりで勝手にフェードアウトしたくなる…そんな瞬間が時折やってきます。

 

友達に対する複雑な気持ちを1点集中させずにどうにかこうにか分散させて、またコミュニケーションをとるときになったら、せめてフラットな気持ちで関わりたい。

 

というか、心理的距離を自分が詰めすぎてしまっているのがいけないと思う。

八つ当たりとかそんなことをしてしまう前に、もう既に心のシャッターを半分おろし始めています。

相手を嫌いになったんじゃなくて、むしろ好きだからそうしたくなるのだ。

幸せな時間をありがとう

前のブログ記事から引き続き、2021年10月から今年の年明けまでの空白期間について記事に残していこうと思います。

 

昨年4月に入って間もない頃、愛犬が虹の橋を渡りました。14年と5ヶ月。長いようであっという間の短い時間でした。

 

家族として一緒に過ごすことができて、とても幸せな時間でした。

一緒に過ごした日々が、だんだん過去のものになっていったとしても、自分の中でずっと思い出として残っていくと思います。

 

亡くなってから今でも、愛犬の存在を感じながら日々過ごしています。

愛犬が旅立ってから、何をしていても涙が止まりませんでした。

寂しさと悲しみ、さらに後悔の念が幾度となく押し寄せていました。

「あの時こうしていたら…」「自分がもう少し色々できることが多ければ良かったのに…」と、自分で自分のことを責めることが多かったです。

 

罪悪感に苛まれることもありましたが、今は幸い家族と一緒に暮らしているので、あまり負のループに飲まれずになんとかやってこれました。

 

気持ちの浮き沈みは繰り返しつつ、他にも色々ありながら、少しずつ日常に戻っていっている感じです。

 

よく愛犬が過ごしていた場所に愛犬がいない…もうこの世からいなくなってしまったという現実を受け止めるまでに時間はかかりました。

月命日には手を合わせて、時間が経過していくごとに、今ではだいぶ落ち着いてきました。

 

少し余裕が出てきたときに、スマホに残されていた愛犬の写真を写真屋さんでプリントしてきました。操作方法に手間取ったため、見かねてやってきた店員さんのサポートを受け、なんとか写真を現像できました。

 

その間、気づけば愛犬のことを店員さんに話して、親バカ発言をかましたりしてました。対応してくださった店員さんがとても聞き上手で、優しさに甘えていました。お忙しい中本当にありがとうございます。

 

涙ながら愛犬について話した日々や、真夜中どうしようもなく消えたい気持ちになることを何度かくり返し、現在は愛犬と過ごした楽しかった思い出を家族とよく笑いながら語っています。

 

ペットロスから少しずつ回復している気がするけど、愛犬がいない日常に慣れてきてしまった自分がなんだか嫌になります。時折会いたくなるし、いっぱいなでなでしたいし、一緒に散歩できないのかと思うと無性に寂しくなります。

 

愛犬が旅立って半年経つ前に、お休みしていた音声配信アプリで話せるようになりました。人恋しい気持ちが強くなって、誰かと交流したくなって久しぶりにライブも始めてみました。

 

一期一会でもいいから、その時居合わせた人と何気ない会話をすることで、気持ちが軽く明るくなったのを体感しました。一時的なやりとりでも救われることが多いと感じます。

 

いつまた会えるかわからないし、愛犬がいる虹の橋の向こう側は天国だと思うけど、私がそちらに行けるかどうかはわからない。どちらかと言うと私は地獄寄りかもしれない。

 

もし会えたとしても、私のことを覚えてくれているだろうか。嫌われてしまったら会ってくれないかもしれない。生前のうちにもっと彼にしてやりたかったこと、ほとんど出来なかった後悔や負い目があるから、どうしてもそんな風に考えてしまいます。

 

我が家では最初で最後の愛犬で、これまでもこれからも大好きな家族に変わりないです。



家族になってくれてありがとう。

情けなくて腐りかけてた時期の私に寄り添ってくれてありがとう。

幸せで楽しい時間をたくさん本当にありがとう。

年明けに近況報告

どうも、ご無沙汰しております。

ブログ更新ができないまま、2024年になっていました。

年が明けてからすぐ、またもや大きな地震が起こってしまいました。

 

地震発生の通知がスマホに届いたので、思わずテレビをつけました。NHKのアナウンサーが大声で繰り返し避難を呼びかけている。日本地図が右下に表示され、日本海側が点滅している状態…。大津波警報が発令されており、津波が押し寄せる映像を目の当たりにして、私は記憶にもまだ新しい東日本大震災のことを思い出しました。

 

正月早々とんでもないことが起きてしまったと驚きましたが、いまだに信じられない自分もいました。

時間が経つにつれ、目を覆いたくなるような映像が流れてきて、これは今実際に起きていることなんだと改めて実感しました。

 

コロナ禍で人との出会いが制限されていた時期を経て、今回の年末年始は久しぶりに帰省される方々も多かったのではと思います。

 

今も余震が続いている状況です。寒さが厳しい場所で、家族と共に身の安全を最優先に行動している方々、慣れない土地で避難を余儀なくされている方々のことを考えると、ただただ胸が痛みます。

令和6年能登半島地震により亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。

 

 

最後に更新したブログ記事が2021年10月で終わっていたので、この空白期間に起こった出来事をまず書いていこうと思います。

 

2022年夏の暑さが少し和らいだ頃、祖母が老衰で亡くなりました。96歳でした。

 

亡くなる以前に、施設でお祝い行事がありました。その頃から体調不良があって、そろそろお迎えがくるのではないかと色んな話が出ていました。

 

正直、当日どうなるのか不安でした。そんな中、両親は華やかな衣装を用意し、祖母はきれいにおめかしして、なんとか写真撮影を無事終えることができました。その日は両親や親戚も祖母に会いに行けました。当の本人は眠そうにしていたそうですが、本当に良かったと思いました。

 

お祝い行事を終えたあと発熱状態が続き、さらに食事量が減り、点滴が開始されました。亡くなる2週間近くは、担当のケアマネさんから逐一報告の電話がありました。父は毎日、祖母が入所する施設へ出向き、私を含む家族は家の中を整理したり、掃除に明け暮れていました。まるで人が死ぬのを待っているみたいな感じがして、手を動かし足を動かしている自分がなんだか嫌でした。

 

頭の中では思考が止まりません。祖母が亡くなってしまう悲しさや喪失感よりも、葬儀を滞りなく無事終わらせたいとか、他人に変わりない遠方の親戚に会わないといけない面倒さが勝ってしまいます。つくづくダメな孫だと我ながら思いました。

 

いよいよその日がやってきて、初七日を終えるまでは慌ただしく過ぎていきました。言われたくないことを悪気なく言われた以外は、なんとか終えられたと思います。不安に思っていたことはほとんど起きませんでした。事細かく書いてしまうと長くなってしまうので、割愛させていただきます。

 

小さい頃はよく遊んでくれた祖母。大人になってからは良い関係を築くことができず、喧嘩がたえない日もありました。祖母が認知症を患い、入院期間を経て施設入所が決まってからは一度も面会に行きませんでした。

 

コロナ禍当初、施設から祖母が救急病院に搬送されると連絡を受けて、父と一緒に病院へ行きました。私は何年かぶりに祖母と会いました。ベッドに横たわる彼女の容姿はだいぶ変わっていてショックを受けました。

 

救急センターから病棟へ移ると、祖母は暴言を吐けるくらいに元気になっていました。もう私の名前は覚えていないと思っていたけど、そこはまだしっかりしていました。

「面会にこない」「(私の容姿を見て)太っている」とか、方言交じりだけどおそらく汚い言葉で私らをとにかく罵る…。祖母の声が病棟中に響き渡ります。

心底恥ずかしい気持ちもあったけど、早く終わればいいいのにと笑って聞き流すしかできませんでした。横を見ると、「情けない…」とポツリとつぶやく父が普段より小さく見えました。

 

内心、今度祖母に会う時は亡くなった時になるだろうと漠然と考えていました。本当にそうなりました。

 

施設から祖母の日常を切り取った写真や動画が残されているタブレットをもらいました。家族葬がひと段落してから、ようやくそのタブレットの中身を確認して、私はその時初めて泣きました。

後悔に近い感情なのか、今でも言語化が難しいです。できれば祖母を好きだと思える孫になれなかったのが少し悔しかった気がします。

 

亡くなった今でも、祖母がどんな人間だったのかわからない。

 

物心つく前から母の味方をしてきた自分は、クリアな状態で祖母を見ることができません。周りから聞こえてくるようなおばあちゃんとのふれあいやほほえましいエピソードは、祖母と良い関係を結べなかった自分にとって、ただただうらやましいものでしかない。

 

話の終着点を見失ってしまったので、ここで一旦祖母に関する話を終えておきます。

昨年、一周忌法要を無事終えました。ひとまずは近況報告でした。

また後日、ブログをお休みしてた期間の話をしていきます。

 

長文となってしまいましたが、

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

小さかった私へ㉙ 小学生編

前回の記事はこちらから↓ ↓ ↓

meeeglut.hatenablog.com

 

ある日の午後、女子だけが保健室に集められた。「どうして男の子も一緒じゃないのか?」とすごく疑問に感じていた。また、女の先生ばかりだったので、いつもと違う雰囲気のなか、ただただ先生の指示を待っていた。

 

あまりよく覚えていないが、養護教諭の先生から、2時間弱くらい話を聞いた気がする。私たちの身体の仕組み、男女の身体の違い、生理のこと、生理がいつ始まるかは個人差があること、ナプキンの使い方・・・とにかく色々。

情報量が多すぎるし、すぐ聞いてわかるようなものではなく、私の頭のなかは若干混乱していた。

 

色んな話を聞いて、頭がパンクしそうになりかけていたので 「とりあえず、家に帰ったらお母さんに聞いてみよう」と考えていた。

自分のクラスへ帰る為に、靴を履き替えたその時、クラスが別の近所の子からいきなりこんな事を言われたのを今でもよく覚えている。

 

「あんたに生理なんて関係ないよね〜笑。」

 

言われてすぐ何が起こったのかよく理解出来ないでいた。それでもなんとも言い難い不愉快な気持ちになったのは本当で、それを上手く言葉にすることが難しかった。

どうしてそんなことを言われなければならないのか、、すごく悲しかったし、腹立たしさも少し感じていたと思う。それなのに私は、反論をせず 「へへへ」と笑ってその場を濁して離れるしか出来なかった。

 

あの発言は、私を見下すものであったに違いない。「お子ちゃまのあんたにはこんな話わからないでしょ〜笑。」といったある種のマウンティングのひとつかもしれない。

 

同じ同級生なのに、子ども扱いしてくる態度や言葉… 私と対等に接していたら、こんな発言はしないはずだ。こうやって書いてる今でも苛立ちが止まらない。


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身体が女であると、毎月のようにそれがある。私は生理不順があるから不定期でやってくる。厄介なそれだけど、周期通りにきてくれると、最近ではものすごくありがたく感じるようになった。個人差はあるが、耐え難い痛みや辛さを伴うものだから、望まないしんどさを定期的に体感しなければならない。

 

生理前や生理中の時、大抵あの言葉を思い出してしまう。ただでさえPMSでイライラするのに、余計ムカついてきてどうしようもない。「あんたにはわからない」と軽口でも言ってはならない。人の身体のことを他人があーだこーだ言ってはいけないと肝に銘じておきたい。

 

あの発言をした同級生が、子どもを連れて買い物をしているのを見かけたことがある。解せぬ。

 

初回の記事はこちらから↓ ↓ ↓

meeeglut.hatenablog.com

映画『幸せなひとりぼっち』を観た感想

久しぶりに映画の話をするんだったら、おすすめしたい作品の中から1つ紹介していきます。

 

 

あらすじ

愛する妻を病気でなくして、さらに長年勤めてきた会社からクビと言われたオーヴェ。生きる気力を失い、自ら死を選ぼうとしていたその時、ある家族が隣の家に引っ越してきたことによってそれを断念します。隣人一家や色んな人達との交流を通して、少しずつ心を回復していく姿を描いたスウェーデンのコメディヒューマンドラマです。

 

消えたい私に寄り添ってくれた

幸せなひとりぼっちは2015年に公開されたもので、確か2年前に見たと思います。その頃抑うつ状態が強くて、色んな作品にどっぷり浸かりたくて観ていた映画のなかの1つでした。自殺とか、生き方とか、色々考えさせられる重いテーマを含んでいるので、泣かずにはいられない場面が多いけど、所々笑えるとこもあって、2時間があっという間に感じました。

 

色んな場面で涙を誘う

主人公オーヴェは、偏屈で頑固で気難しい感じなので、正直近寄り難いタイプのおじいさんだなぁというのが第一印象でした。生真面目すぎるが故に、ルールを守らない人には厳しく注意したり、常に怒りっぽくて口が悪いので、もう少し言い方があるのになぁって思いながら内心ヒヤヒヤしながら見てました。

 

そんななか、最愛の妻の墓の前で1人寂しげに語りかけるシーンがあります。彼が人知れず抱える深い孤独に思わず目頭が熱くなりました。

 

大切な人を失った時の喪失感、死別の辛さは、想像を絶するものだと感じます。

私自身、人との別れは経験してはいるものの大切な人が亡くなった経験がありません。だから余計に、死別の痛みや悲しみ、苦しみは計り知れないものがあるだろう。いずれはやってくるその日に、自分がどうなってしまうのか全くわからないし怖い…。本人にしかわからない悲しみがある、彼を見ていて色々思うのです。

 

死のうにも死ねない

オーヴェは作中に何度も死んでしまおうと様々な手段を試みますが、死のうとする時に限って外で何かが起きたり、誰かが訪ねてきたりして実行を阻まれます。あと、時折走馬灯みたいに過去のシーンが流れて、そこで初めて彼の人となりを形作った背景を知ることになります。

 

過去のシーンでは、彼の幼少期から現在に至るまでの辛かったことや苦い体験、楽しかったことや幸せな日々が流れていきます。今は亡き大好きな父親と彼の妻ソーニャがそこで登場します。妻役を演じる女優さんがとてもキレイで、笑顔が美しい素敵な方で惚れ惚れしました。彼らの運命的な出会いやデートの場面は、キュンキュンしながら見てました。

 

彼を愛さずにはいられない

ストーリーが進むうちに、オーヴェに対する見方がかなり変化しました。口が悪いから何かと誤解を与えやすい人ではあるけど、差別や偏見なく、どんな人に対しても真っ直ぐに接する一面があるということ。それに、彼は何度も人生をあきらめようとしてきたけど、そんな時でも困っている人を黙って見過ごせず、なんだかんだ言いながら助けたり世話を焼いたりしちゃう……私はそんな彼のことがだんだん愛しくなっていました。

 

上辺の優しさとかじゃなくて、本当の優しさや思いやりがある人って、彼みたいな人のことをいうのかなって思いました。

 

心をほぐしてくれた人

隣に引っ越してきたパルヴァネという女性が、なにかとオーヴェに対して遠慮なくズカズカと(良い意味で?)絡んでいくやりとりが面白かったです。初めは彼女を煙たがって煩わしく感じていたオーべだったけど、不器用ながら少しづつ彼女に心を許していきます。

そのなかである日、オーヴェがパルヴァネを珍しく鼓舞する台詞があって、それがものすごく彼らしさが滲み出ていて、とてもグッときて印象に残ってます。今そのシーンを見てもまた泣いてしまうんだろうな。

 

 

まとめ

しょっちゅう涙腺崩壊させられてたけど、映画を見終わった頃には、心がぽっとあったかくなるような違う感じの涙がこぼれていました。
「幸せなひとりぼっち」ってそういう意味だったんだって、ラストシーンを見ながらふと腑に落ちました。

 

今後の人生どうなるやらって、色々深く悩まされる時があります。本当に孤独になってしまった時に、手を差し伸べてくれたり、周りの人達を私はどれだけ大切に出来るかなって想像します。だいぶ時間が経ってからまた観たい映画です。