自分の育て直し始めました☆

アダルトチルドレン(AC)やHSP(Highly Sensitive Person)・トラウマ・共依存・森田療法などに興味あり。読書や絵、アニメ、動物が好き。このブログでは私のこれまでを綴ったり、日々のこと、頭の中を整理するためにアウトプットしたり、学んだことをシェアする場所にしたい。

元ひきこもり当事者とその家族のお話

今年の冬、ある元ひきこもり当事者とそのご家族の講演会が近くで行われることを知りました。



ちょうど、私もその関連のものに興味があり、実際にその方々のお話を聴いてみたくなったので行ってきました。



講演会の内容を、まとめてこれから紹介していきます。



※ まとめてみたものの、聞きそびれた箇所があったり、内容が少しわかりにくい部分があるかもしれません…。申し訳ないです。




●家族構成



共働きのご両親、本人、お姉さんが1人。



本人さんが小学生くらいの頃まで、おばあちゃんによく面倒を見てもらっていたとのこと。そのため、本人はとてもおばあちゃん子だったそうです。



本人さんより、当時、多動の傾向があったそうで、もしかしたら今でいうADHDなどの診断がついていたかもしれないと、ふりかえっておられました。



また、多動であったことについては、それが〝普通〟だと思っていたと、語っていました。




●父親は仕事でのやり方を、そのまま家庭のなかでも実践していた



父親からピリピリとした空気が張りつめるようなオーラを感じていた…沈黙は恐怖だということ。



・息子が達成出来なかったことがあったら、まるで反省会かのように、父親からチクチク言われていた。極めつけは、紙に箇条書きでダメ出しを書いたものを天井に貼るなどしていた。



・父親のやり方に対して、母親は「子どもがかわいそうだ」と思っていたが、父親の言っていることは正論なので止めなかったとのこと。
だが「本当は父親を私が止めれば良かった、旦那が怖かった」と話されていました。


→それに対して、本人は当時「母親に見捨てられた」と感じていたとのこと。



うわ~… 三(((((´ω`;) 小学生の子どもに対してそれはあんまりだよ。


子どもがクリアしたことや達成出来たことは無視して、ダメで出来なかったことをチクチク言われるのは本っ当に辛いですよ・・・(;Д;)




●小学校の授業参観・・・父親が自分の子どもではなく、クラスで優等生の子を褒めていた思い出



・本人さん曰く、あれはすごく嫌だったと感じていたとのこと。



めっ・・・ ちゃ わかる!!頭ブンブンふって頷く勢いで同意するよー!!!


私も昔、両親がクラスメイトのことを褒めていたり、絶賛するような話を耳にして、全然面白くなかった記憶がある~。
「誰かの話なんかやめて。もっと私のことを見て!」って言いたかったですが、そのクラスメイトより私は劣っているのだと思うと、何もアピール出来ませんでした。


私も、父親に褒められたくて、色々何度もアピールしたことがありましたが、「また頑張りなさい」とただそれだけ…


自分が欲しい言葉やお褒めの言葉を、私は父からもらえなかったことを思い出し、苛立ちながら話を聴いていました。




●中学受験が上手くいかず、公立へ進むも中2あたりから不登校(14歳頃から7年くらい)



・当事者が中学・高校生の頃、父親は出張で家を空けることが多くなり、ほぼ母子家庭状態。



・母親より「本人さんが高校生の頃は塾に通ったり、趣味のバンドや友達との交流もあるなど、目立った非行は見られなかった」と話されていましたが、あまり本人と向き合わずに仕事に逃げていた所もあるとふりかえっていました。



・父親が当時を思い返すと、息子が突然不登校になったように見えたらしく、彼の意志で学校に行っていないのだと思っていたそうだ。よく本人を問い詰めたりしたとのこと。




●「がんばれない」という事が理解できない親… ご両親は団塊の世代



・戦後生まれ。日本経済を右肩上がりに支え、一生懸命に頑張ってきた両親。その時代を生きてきた親たちが、子どもに託す期待は想像以上に大きかったのでは…?とコメンテーターが述べていました。




●夫婦間のコミュニケーション「でも」「だって」「しかし」が飛び交っていた



親の表情や雰囲気を、本人は敏感に感じ取って、自分のことで喧嘩しているとか、自分のことで両親を困らせていると思っていたとのこと




不登校を経て、成人してからは一時期芸能活動をしていた時期もあったが、30歳を目前に人と関われなくなり、実家にひきこもるようになる



自傷行為摂食障害、アルコール依存など、様々な問題行動が目立つようになって、精神科病棟に入院することになりました。




●この時に初めて、父親は「子どもを責めていた」ということに気づく…



・父親はこの時、自分を変えていこうと考えたそうです。「息子と向き合うために、まずは自分の〝棚卸し(生き方の見直し)〟をして、父親としてのふるまいをふりかえったりした」と仰っていました。



夫婦で共に共通の趣味(畑や絵画、山歩き)に打ち込んだり、ひきこもりに関するフォーラムにも足を運ぶなど、本人さんと向き合う準備を重ねたそうです。




●本人さんが退院後、社会復帰施設に5年近く入所



・そのうちの3年間は、親に対する恨みが強かったと話されていました。




●まとめ



現在は、親元を離れ仕事に就いてるとのことです。



本人さんが参加者にハキハキと話されているのを見受け、過去に不登校やひきこもり、壮絶な時期を過ごしてこられた人だと、私にはあまり見えませんでした。



本当に、人は見かけによらないって改めて思うし、心の状態は可視化出来ないのでわからないです。



ふりかえると、やっぱり自分の体験を両親と共に、聴衆を目の前にして話せるって簡単なことではないです。



私の両親も団塊世代



だからなのか… ご家族の話を聴いてて、親心がちょっと垣間見えた感じがします。



親世代と子ども世代、生きてきた時代背景や流行、価値観… 全く違うから、意思の疎通がスムーズにいかんのは当たり前なんだなぁ~と。。。



ひきこもりは、家族支援がカギになるとはいうけど、私自身もう親をどうにかしたいとは微塵も思えないし、考えたくありません。



私は親のことを100%理解しようとしなくていい。



自分のことをわかってもらおうと、頑張らないでもいい…と、絶賛思春期到来中の私は思うのです(´_ゝ`)





※ こちらより下は、愚痴っぽい内容になっております。あしからず・・・<(_ _)>





こういう講演会って、親御さんや支援者が参加する事は想定されていても、当事者が参加する事を予測しているのかな?って思いました。



ひきこもりはひきこもりでも、興味関心があるものには、なんとかして接触してみたり、外に出かけてみようってなる人もなかには居るんじゃないかな?



というのも、これは私が感じたことですが、、


セミナー等でも会場に入る前に名前の記入をお願いをされます。拒否はせず、一応名前書くんですが、内心少し抵抗があります。



自意識過剰であることは重々承知していますが、私より後から来られた方々に、誰が参加しているんだろうと、名前を見られちゃうのがちょっと嫌なんです。


・・・うん、まぁそんなジロジロと見られないだろうけども(ー'`ー;)



気にしすぎだし、興味があって参加しているのだから堂々としていればいいんだけど、あまり周囲に私が居ることを知られたくないといいますか。。



あと、てっきり講義形式で机が並べられて、椅子に座って話が聴けるかと思いきや、机なしで椅子が円になって配置されていたので、思わずどうしよう…Σ(- -;;ノ)ノ ってなりました。



1人ひとりのお顔がよく見える… 私の顔も周りに丸見えなのはなんだか落ち着かない…。



微妙だなぁと思いつつ、とりあえず聴きたいところまで聴いて、グループ作って茶話会に入る前の休憩時間に抜けることにしました。私の他にも何名かいたけど。



あぁ… 電話申込した際に、タイムスケジュールとか、事前に色々聞いておいてもよかったかな~と後悔。


グループになって、お茶やお菓子を食べつつ深い話も聴けたのかもしれないのに~。



でももう無理だった。



先日参加したひきこもり勉強会と、この講演の主催は別だったんですが、先日の勉強会で一緒だった方もいらしたので


「またお会いしましたね」となるのはどうしてと避けたかったのです。



うん、人見知り発動しちゃうよね~。


…だって私はただ元当事者とそのご家族からのお話を聴くのが目的だったから。別に友達作りに行ったわけではないから。





個人的な感想や希望としては、もうちょっと!話の内容を時系列にまとめて話して欲しかったー!あっちこっち話が飛んでいくから、いつ?どの時期の話?ってなり、ちょっとわかりにくかったです。



あと、元当事者と家族さんとの話がうまく噛み合ってないし、本人さん話されている横でご家族さん勝手に喋り出すし💦ところどころ話が脱線したりしてました。



微笑ましいところもありますが、私は若干イライラしてしまいました。せっかく話聴きに来たのになんだかなぁ~…って個人的に思いました。


講演後のアンケートがあれば、即書いていたかもしれません。



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すみません、愚痴たっぷりに書いちゃいましたが、、過去に、家庭内での葛藤や対立、様々な修羅場をくぐり抜けてきて、今日たくさんの人たちを目の前にして、笑い涙しながら語るということは、当たり前に出来ることではないのです。



もし私が、自分の家族と共に、人の前で語ることが出来るかといったら…まず無理です。


怖いし、恥ずかしいし、相当な覚悟と勇気がいります。



てか、話そうとする以前に家族が拒否するだろう。



それに、娘の私がひきこもり関連の勉強会や講演会に顔を出していること自体、父は全く知らないです。



母は、私がどこに行っているのかは知っていますが、どんな内容の話を聴いているのか…深くは理解していません。



別にもうね、、親がその事を知らなかろうが、理解してなかろうがどうでもいいの。



両親にそういう話をするだけ、ただただ骨が折れるだけだ。





今回の参加者、把握してないけどおそらく、不登校やひきこもりの子がいる親御さんやその支援に携わる方がほとんどでした。



参加した当時の自分の心境としては、心細い気持ちがあったこと。



ピア的な関わりが欲しいなぁという切実な思い。



参加したこの日、何となく肩身が狭かったけれど、自分の気持ちや思いをジワジワ感じ取れたし結果良かったです☆



以上です。