2017年5月頃にこの本を読み終えました。この本を読んで初めてタフラブという言葉を知りました。
- 作者: 信田さよ子
- 出版社/メーカー: 梧桐書院
- 発売日: 2009/11/17
- メディア: 単行本
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序章 タフラブは愛の革命より
「タフラブ」(tough love)とは、日本語では「手放す愛」「見守る愛」などと訳されている。
この言葉は最初、「アラノン」(Al-Anon)というアルコール依存の問題をもつ人の家族や友人の自助グループ(アメリカでアルコール依存症の夫をもつ妻たちが中心になって作られた)で使われたとされている。
読書ノートにメモしようと、再読していくうちに、自分の問題と相手の問題ごっちゃごちゃにして苦しくなっていたと気づいて、少し楽になってる自分がいます…( ˉ ⌓ ˉ ๑)
第1章より
「私」は 他の「私」に侵入してはならない。(中略) ところが、このルールが一切通用しない、いわば治外法権の空間がある。それが家族、もしくは恋人や親しい仲といわれる間柄だ。
私は、境界線が薄い故に、過去に他の「私」が侵入してきたことが何度かありました。
逆に、過去の恋愛において、パートナーの領域に私が侵入して、相手の問題を自分のものとして捉えていたこともあり、勝手に難儀な思いをしていました(ヽ´ω`)トホホ・・
家族に対しても、同じような事をしていました。まさか相手の領域を侵害してるなんて、微塵も思っていませんでした。
第2章
タフラブは、相手にわかってもらおう、相手にわからせようとすることのない愛といえる。こじれた関係にあっては、わかりあおうと思えば思うほどこじれていく。
タフラブは、理解し合いたい、コミュニケーションをとりたい、という自分勝手な欲望や思い込みを手放す愛でもある。
第3章
家族や恋人などの親しい間柄では、互いが境界を超えることで「私」と「私」の境界が曖昧になる。
しかも、それがいいことだと思われている。だから、人と人とが、とりわけ家族間で、人間関係がこじれやすいのは当然なのだ。
「私」と「親 (子)」は 同じ人間ではない。私は私。あなたはあなた。私はあなたではなく、あなたは私ではない。
こじれやもつれを苦しいと思う側が切り分けるしかない。相手にそれを要求しても無駄。これは理解やコミュニケーションの断念とどこか似ている。
相手がどう反応するかより、自分が苦しいことを優先させることだ。それが切り分けるための最大のコツだ。
自分を守るためには、誰かから嫌われることがつきものだと考えよう。
相手に対して、その人のやったことの結果を示すのは必要だ。
これらの箇所を読んでいて、私のなかにある固定観念が打ち崩されていくような感覚を覚えました。
グッとくるものがありますが、どうしても相手の反応に敏感でビビってしまうし、嫌われるのが怖いと感じる自分が居るからだと思います。
だけどさぁ~・・・相手の顔色ばかり伺っているのは疲れるし嫌だ。
自分が苦しいと感じているのを誤魔化して、誰かと付き合うようなことを、私はもうしたくないです。
親子関係や夫婦関係、
人間関係で悩みを抱えている方・・・
教師やドクター、
カウンセラー等の対人援助職に就いてる方に、オススメしたい本です。
〝コミュニケーションの断念〟というワードが出ましたが、こちらの記事も信田さよ子さんの本を紹介しています↓ ↓ ↓