前のブログ記事から引き続き、2021年10月から今年の年明けまでの空白期間について記事に残していこうと思います。
昨年4月に入って間もない頃、愛犬が虹の橋を渡りました。14年と5ヶ月。長いようであっという間の短い時間でした。
家族として一緒に過ごすことができて、とても幸せな時間でした。
一緒に過ごした日々が、だんだん過去のものになっていったとしても、自分の中でずっと思い出として残っていくと思います。
亡くなってから今でも、愛犬の存在を感じながら日々過ごしています。
愛犬が旅立ってから、何をしていても涙が止まりませんでした。
寂しさと悲しみ、さらに後悔の念が幾度となく押し寄せていました。
「あの時こうしていたら…」「自分がもう少し色々できることが多ければ良かったのに…」と、自分で自分のことを責めることが多かったです。
罪悪感に苛まれることもありましたが、今は幸い家族と一緒に暮らしているので、あまり負のループに飲まれずになんとかやってこれました。
気持ちの浮き沈みは繰り返しつつ、他にも色々ありながら、少しずつ日常に戻っていっている感じです。
よく愛犬が過ごしていた場所に愛犬がいない…もうこの世からいなくなってしまったという現実を受け止めるまでに時間はかかりました。
月命日には手を合わせて、時間が経過していくごとに、今ではだいぶ落ち着いてきました。
少し余裕が出てきたときに、スマホに残されていた愛犬の写真を写真屋さんでプリントしてきました。操作方法に手間取ったため、見かねてやってきた店員さんのサポートを受け、なんとか写真を現像できました。
その間、気づけば愛犬のことを店員さんに話して、親バカ発言をかましたりしてました。対応してくださった店員さんがとても聞き上手で、優しさに甘えていました。お忙しい中本当にありがとうございます。
涙ながら愛犬について話した日々や、真夜中どうしようもなく消えたい気持ちになることを何度かくり返し、現在は愛犬と過ごした楽しかった思い出を家族とよく笑いながら語っています。
ペットロスから少しずつ回復している気がするけど、愛犬がいない日常に慣れてきてしまった自分がなんだか嫌になります。時折会いたくなるし、いっぱいなでなでしたいし、一緒に散歩できないのかと思うと無性に寂しくなります。
愛犬が旅立って半年経つ前に、お休みしていた音声配信アプリで話せるようになりました。人恋しい気持ちが強くなって、誰かと交流したくなって久しぶりにライブも始めてみました。
一期一会でもいいから、その時居合わせた人と何気ない会話をすることで、気持ちが軽く明るくなったのを体感しました。一時的なやりとりでも救われることが多いと感じます。
いつまた会えるかわからないし、愛犬がいる虹の橋の向こう側は天国だと思うけど、私がそちらに行けるかどうかはわからない。どちらかと言うと私は地獄寄りかもしれない。
もし会えたとしても、私のことを覚えてくれているだろうか。嫌われてしまったら会ってくれないかもしれない。生前のうちにもっと彼にしてやりたかったこと、ほとんど出来なかった後悔や負い目があるから、どうしてもそんな風に考えてしまいます。
我が家では最初で最後の愛犬で、これまでもこれからも大好きな家族に変わりないです。
家族になってくれてありがとう。
情けなくて腐りかけてた時期の私に寄り添ってくれてありがとう。
幸せで楽しい時間をたくさん本当にありがとう。